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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和31年(ワ)28号 判決

原告(一〇八名選定当時者) 今戸敏行 外四名

被告 三井鉱山株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、被告が原告等に対し、昭和二十五年十月二十一日附を以てなした解雇は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めた。

(原告等訴訟代理人の陳述の要旨)

請求の原因

一、原告等は別紙選定者名簿記載の者等より選定された選定当事者である。

二、被告会社(以下単に被告と略称する)は肩書住所に本店を有し、石炭の採掘並びに販売を業とする会社で、原告等及び選定者等(以下別紙第一ないし第三目録記載の者等と記載する)はいづれも昭和二十五年十月二十一日まで被告の従業員として雇傭され、被告会社三池鉱業所(以下三池炭鉱と略称する)の従業員を以て組織されている三池炭鉱労働組合(以下三鉱労組と略称する)の組合員であつたところ、被告は別紙第一ないし第三目録記載の者等(以下別紙を省略する)に対し、昭和二十五年十月二十一日附を以て事業の正常な運営を阻害する共産主義者又はこれに準ずる行動ある者との理由で右の者等を解雇する旨の通告をなした。

然しながら右解雇は次のような理由によつて無効である。

(一)  先づ被告が右解雇の理由とする解雇基準は昭和二十四年十二月二日附被告と三鉱労組の上位団体である全国三井炭鉱労働組合連合会(以下三鉱連と略称する)との間に締結され、本件解雇当時に於ても猶効力を有していた協定中人事に関する処置に対する個人の異議申立権の保障(第二項)を無視して設定されているので、かかる協定違背の解雇基準は無効であり、右解雇基準に基いてなされた本件解雇も当然無効たるを免れない。

(二)  次に右解雇基準は共産主義者及びその同調者を思想、信条のみによつて企業から排除することを目的として設定されたものであつて、当時のマッカーサー書簡に便乗し、占領軍当局の指導の下に行われた所謂レッドパージであり、基準自体憲法に違反するのみならず、右基準に基いてなされた本件解雇は被解雇者の個々具体的な企業破壊行為を理由としたのではなく、共産主義者及びその同調者は本来企業に対し破壊行為を行う者であるとの独断の下に真正面から共産党員の職場追放を企図して強行されたものであつて、他の企業が具体的な破壊行為を捉えて解雇したのと大きな違いがあり、本件解雇は企業防衛の美名にかくれた共産主義者への弾圧である。よつてこのような解雇は憲法第十四条第一項、労働基準法第三条に違反しているから民法第九十条によつて無効である。

(三)  仮に右の主張が理由がないとしても、第一ないし第三目録記載の者等は右解雇基準に該当しないから、右基準に該当することを理由とする本件解雇は無効である。

(四)  なお本件解雇は第一ないし第三目録記載の者等が解雇当時及びそれ以前に最も戦闘的で且つ熱心な組合活動家であつたことが解雇の原因となつていると考えられるので此の点に於ても憲法第十四条第一項、労働基準法第三条、憲法第二十八条、労働組合法第七条第一号に違反し、民法第九十条によつて無効である。

(五)  更に本件解雇は実質上被告の気に喰わない者は馘首するという何等正当な理由のない解雇で解雇権の濫用であるから、民法第一条第二項、第三項に違反し無効である。

以上の理由により本件解雇は当然無効であつて、第一ないし第三目録記載の者等は依然として被告の従業員たる地位を保有しているから、本件解雇の無効確認を求めるため本訴請求に及んだ。

被告の答弁に対し

第一目録記載の者が退職願を提出して被告主張の退職金等を受領し、第二目録記載の者が退職金を受領し、第三目録記載の者が被告主張のような経過で和解をしたことは認めるが、これ等の行為には被告の主張するような法律上の効力はなく、その理由は以下に述べるとおりである。

(一)  第一目録記載の者につき

(1) 本件解雇は一方的解雇であつて、被告の解雇通告には合意解約を目的とする解約申入の意思表示はなされていない。このことは被告から交付された解雇通知書の文面上からしても明白なところである。尤も右通知書には退職願を提出した者に対しては退職金の外特別加給金を支給する旨附記してあるが、これは一方的解雇を合意解約に偽装するための形式にすぎず、右通知書に解約申入の意思表示がなされていると解することは文理解釈上からも無理である。被告は右通知書に於て昭和二十五年十月二十二日附を以て解雇の効力が発生するものとなし、会社への立入を禁止した同月二十一日については休業手当を支給する旨明記しているのに対し、退職願提出期限である同月二十四日までに退職願を提出した場合について何等の断りもしていない。若し被告主張のように退職願を提出することにより合意解約が成立し、その時雇傭関係が終了するものとすればその間の休業手当の支給についても当然何等かの措置がとられねばならないのに、現実にかかる措置のとられた事跡がないことからしても、被告の解雇通告が一方的解雇であつて、解約申込を含んでいないことは明らかである。従つてこのような一方的解雇について合意解約の成立する余地はない。

(2) 第一目録記載の者等が退職願を提出して退職金等を受領したことは、解約の申入に同意したのではなく、承諾という法律上の効力を有するものではない。右の者等は本件解雇を当然無効と確信し規定の給料の一部として生活資金や闘争資金に充てるための方法として退職願を提出し退職金等を受領したにすぎない。或いはこのような事実が対等者間に於てならば解約の合意を意味する場合があるかも知れないが、強大な資本を有する使用者と裸で企業から締出される労働者間に於て右のように解することは市民法的理論に捉われ、労働契約の実体を見究めない皮相な形式論である。被告は本件解雇通告に於て断固として解雇の意思を表明しながら、解雇を円満に実施するための戦術として退職願を提出した者に対しては特別加給金を支給するという餌をつけた。このような通告を受けた労働者は退職願を提出しなくても必ず解雇されることを察知する。かかる場合たとえその労働者が退職願を提出したとしても労使間の不均等な力関係を考慮して判断する限り、その労働者に自由意思に基く任意退職の意思があつたとは到底解されない。本件被解雇者は解雇通告を受けてから事業場への立入を禁止され、就業の機会を与えられず、従つて給与の支払も停止された。そうして被告は退職願を提出しない限り退職金、解雇予告手当は支払わないという態度をとつて被解雇者の生活を圧迫した。しかも本件解雇通告は極めて異常な方法によつてなされている。即ち早朝被告の従業員数名が被通告者の家に押しかけ、レッドパージについては労働組合も積極的に賛成している。退職願に署名捺印しなかつたなら当然解雇処分を受け、一人で孤立しなければならなくなる等の虚言を弄し、又会社は絶対に解雇するのであるから、署名捺印しなければ退職諸手当を貰えず、今後どうなるか判らぬという意味の強迫的言辞を吐き、被解雇者の経済的弱味につけ込み、強迫によつて退職願の提出を強制した。右のような解雇通告に対して残された道は生活苦による死を覚悟して解雇の効力を争うか、退職願を提出して退職金等を受領するかの何れかである。かかる窮地に直面した労働者に対し、退職願の提出や退職金の受領を拒否して解雇の効力を争い、無収入のまま長期に亘る困難な法廷闘争、実力闘争の実行を期待することの不可能なことはいうまでもない。しかも当時レッドパージは占領軍当局の至上命令であるからこれを争うことはできないという社会情勢と、一つには組合内部に於ける左右両派の勢力争いという国内労働情勢に災され、労働者や組合がレッドパージを承認する態度をとつたため、組合の力をバックに使用者と対等の力で闘争するという労使対等の基盤がくづれ、被解雇者が如何に解雇の不当を争う意思を有していても、これを実際に訴訟で争う力も余裕もなかつたばかりか、その頃レッドパージを正当とするいくつかの裁判例が出たことから、占領下に於ける法廷闘争に危懼の念を抱き、一先ず解雇の効力を争う闘を断念し、これを占領終了後の後日に期し、被告の提供する退職金等を生活費、闘争資金として受領する限り、解雇申入に同意したことにならないとの弁護士等の意見をも徴した上、差当つての生活の危機を打開し、将来の闘争資金に充てる手段として退職願を提出して退職金等を受領することにしたのである。殊に第一目録記載の者のうちに万田鉱に勤務していた宮前信太長、森田訓吉、徳永昭夫、北島寛、山崎齊、吉田春雄、椿原光春、龜崎豊、中村博文、坂本良雄、宮崎武繁、陣内房雄(旧姓江口)、福田節夫、戸上正、広沢茂、森田貢、立山一治、河口洋、柿原卯一、福田孝次、原告北島元治、山崎都祥、深浦脩、長谷川日出夫、木永隆弘、那須政光、川添元一は退職願を提出する際、特に退職願の提出、退職金等の受領は退職意思の表明ではなく、解雇の効力を争う権利を放棄する趣旨でないことを口頭で告げると共に、退職願の欄外にその旨附記し、夫々その意思を明にしているのである。而してかような労使間の解雇においては一般の取引における動的安全の保護の法理が適用されるものではないから、当事者間に表示された意思よりも、当事者の内心の意思即ち真意に基いて解釈されねばならない。しかし事実認定の問題となつたとき全く外部に表示されない純然たる内心にとどまる意思を真意と認定することは困難であろうから、結局外部に表現された諸事実、例えば当事者の言動とか、当時の事情とかによつて認定されるわけである。従つて第一目録記載の者がどういう内心の意思で退職願を提出し、退職金等を受領したかということも専ら右に主張した諸事情から判断すべきであり、異議を留める旨を使用者たる被告に通告したかどうかは関係がない。以上の次第であるから本件において第一目録記載の者が退職願を提出し、退職金等を受領したことは解約申入に同意したことにならず、承諾としての法律上の効果を有しないというべきである。

(3) 仮りに退職願の提出、退職金等の受領が外形上承諾と見られるとしても、次のような理由により無効であるから承諾としての効力はない。即ち前記のような事情の下における被告の態度は労働者の弱味につけこんだもので、労働者を生死の脅威にさらして自己の不正を隠ぺいしようと企図したものであり、これに対する退職願の提出は実質上選択の自由を奪われ、これ以外に他の方法が期待できないような状況のなかで行われている。このように意思の自由を拘束されてなされた退職願の提出は、かりにそれが形の上で雇傭契約の合意解約の申入に対する承諾のようなことになつていたとしても、何等の法律効果も生じないものである。

(4) 更にかりにそうでなく、右退職願の提出、退職金等の受領が雇傭契約の解約申入に対する承諾と解されるとすれば、これは真意に基かないでなされた意思表示で、且つ被告においても当然真意を知り得べかりし場合であるから、民法第九十三条により無効である。即ち前記(2)で述べたように第一目録記載の者等は本件解雇は無効と信じていたから、いくら解雇通告を受けても規定の給料は貰う権利があると思つていた。ところが被告は一方的に解雇の有効を主張して給料の支給を打切つた。そこで仕方なく被告のくれる退職金を受取る方便として退職願を出したまでである。かような場合解雇を強引に押付けた使用者である被告も、労働者である右の者達が退職願を提出して退職金等を受取ることが解雇の効力を争う権利の放棄でない位のことは当然知つていたはずである。知つていなかつたとすればよほどぼんやりしていたのであろう。特に前記の万田鉱に勤めていた者達は退職願の欄外に明確に異議をとどめているから、被告も真意に基く承諾でないことを当然知つていたし、または当然知り得べき状況にあつた訳である。

(二)  第二目録記載の者につき

(1) これ等の者は被告の圧力をはねのけて、ついに退職願を提出せず、単に退職金を受領したに過ぎない。この場合被告は解雇の承認になると主張しているが、民法の立場に立つてもかような論はおかしい。元来雇傭契約の解除即ち解雇は使用者である被告が一方的になし得る行為であり、法概念として解雇に対する承認ということはあり得ない。だから退職金を受取つたことが解雇を承認したことになるという理論は成立つ筈がない。

(2) 右退職金の受領が解雇を争う権利を放棄したことにもならない。右の者達はあくまでも闘う意思を表明して争つたが、慢然と解雇反対を叫んでいたのでは生活が窮迫し、そこから解雇反対の態勢が崩れることに気付いた。しかし解雇が無効であると確信していたので、被告に対して正当に賃金の支払を請求できると信じていた。ところが解雇通告後、その所定の期間内に退職願を出さないことは超人的な決意と忍耐を要することでこの難関を突破したこれらの者達にとつて、待つていたのは予期したとおりの無収入と就職難と生活の窮迫であつた。法廷闘争を続けながら、家族と共に玉砕するか、それとも一時闘を収めて退職手当をとるか、これがこの人達に残された道であつた。この場合前記万田鉱に勤めていた者について述べた趣旨よりはるかに強い意味でこれ等の人達が退職金を受取るのは避け難いところである。しかし闘を永久に放棄するつもりで退職金を受取つたものではない。これ等の内大石義忠は退職金を受取る際、これは解雇を承認することではなく、将来解雇に対する反対闘争を続けるため、その資金及び生活資金として受領するものであることを被告側に通告している。そしてその後も本件提訴に至るまで、不当解雇に対して可能なあらゆる反対闘争を続けて来ている。他方それ等の内渡辺勇、野中三郎、成清悟、中川豊志、枦元正二、主計ハル子、野口秀雄、才田典、大野英、高椋彌一等は被告に対して解雇の効力をあくまで争う意思をビラ又は口頭で表明し続けていたが、森田収蔵(現大牟田市会議員)外数名等との討議に従つて、被告がこれ等の者のため供託していた退職金を後日解雇が撤回されたときに清算するつもりで、前借の意味で受領することとした。このため必要な供託書を被告から受領する際、その係員に供託金を受取つても、解雇反対闘争を放棄するものではなく、後日解雇撤回のときには、諸給与と清算をするつもりである旨言明して、供託書を受取つている。かような手続による退職金の受領は純粋に市民法理論のみに立つても解雇を争う権利を放棄したことにならない。従つてこれ等第二目録記載の者達は前記第一目録記載の者等よりもはるかに強い意味において本件解雇を争う権利を保有しているというべきである。

(3) 仮に右退職金の受領が解雇の承認と外形上見られるとしても、前記(一)の(2)に記載したと同様の事情の下におかれていた第二目録記載の者も(一)の(3)と同一理由で当然無効であり、仮にそうでないとしても、右(二)の(2)に述べたような事情の下における意思表示は非真意の意思表示で、被告においても当然真意でないことを知り又は知り得べかりし場合であつて、民法第九十三条により無効であること前記(一)の(4)と同様である。

(三)  第三目録記載の者について

この二名の者も解雇の効力について争をやめる積りで和解したのではなく、前記(一)の(2)のような状態の下で解雇反対闘争を続けるための生活資金を得る手段としてやむを得ず和解の方法をとつたものであつて、右和解の意思の自由を拘束されてなされたものとして無効であるか又は非真意表示として無効であること前記(一)の(3)、(4)の場合と同様である。

(四)  仮に以上の主張がすべて容れられないとしても退職願の提出による合意解約、退職金の受領による解雇の承認及び和解はその目的内容が強行法規並びに公序良俗に違反するから無効である。即ち右の各行為は被告がさきに述べたような原告等の窮迫状態につけこみ、故ら第一ないし第三目録記載の者等を右のような行為に出ざるを得ない窮地に追込んだ上、共産主義者及びその同調者又は熱心な組合活動家を企業から排除しようとしたのに対し、やむを得ずなされた行為であつて、このような不法な意図を実現させるような法律行為は憲法第十四条第一項、第二十八条労働組合法第七条第一号、労働基準法第三条に違反し、民法第九十条により当然無効である。

(五)  更に第一目録記載の者について

仮に第一目録記載の者のなした退職願の提出が、解約申入に対する承諾であつて、原告等主張の前記(一)の(3)(4)及び右(四)の理由による無効の主張が認められないとしても、右退職額の提出は既に(一)の(2)において述べたような事情の下において、被告が労働者の弱味につけ込み、生命の危機さえ感じさせるような強迫行為をなし、また欺罔手段を用いてなさしめたものであり、なおまた当時被告、政府並びに占領軍当局が本件解雇はこれを争うことができないというような状態を作り出し、このような状態を前提とする詐欺、強迫行為によつてなさしめたものであるから、かような意思表示は本訴においてこれを取消す。

(六)  被告は本件被解雇者等が、解雇後数年を経過して本訴を提起したことを捉えて、被解雇者に解雇無効を争う権利がないような主張をしているが、このような主張は本件解雇後におかれた被解雇者の困難な立場を全く理解しない主張である。本件被解雇者等は解雇後とりあえず生活の再建に全力を注がねばならなかつたし、又占領軍に影響されない自由な裁判を期待し得るまで法廷闘争の機会を延期せざるを得なかつた。その間右被解雇者等は絶えず相互の連繋を保ち、解雇反対闘争に全力を傾倒し、機会ある毎に復職を要求してきたのであつて、その間徒に権利の上に眠つていたのではない。その後漸くその機を得て本訴を提起したことを目して法の保護を受ける利益がないとか、信義誠実の原則に反するという主張は理由がない。

請求の趣旨に対する答弁

被告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。

(被告訴訟代理人の陳述の要旨)

請求の原因に対する答弁

被告が原告主張のような会社であること、第一ないし第三目録記載の者がもと被告の従業員で、原告等主張の組合の組合員であつたこと、昭和二十四年十二月二日附の原告等主張のような協定が本件解雇基準設定当時存在していたこと及び被告が原告等主張の日第一ないし第三目録記載の者に対し原告主張のような理由で、その主張のような解雇通告をなしたことは認めるが、本件解雇が無効であるとの事実上並びに法律上の主張はすべてこれを争う。

一、先づ被告が本件解雇をなすに至つた動機並びにその経過を述べる。被告は三池炭鉱外六箇所に鉱業所を有し、従業者の数六万六千余名、石炭の年生産高は我国石炭生産高の約二割を占める最大の石炭会社であつて、その企業は重要基礎産業の一に属し、企業運営の適否は直ちに我国の経済再建、国民の日常生活に重大な影響をもたらすものであるから、被告としては企業の正常な運営の確保に日夜腐心してきた。ところが被告の一部従業員の中には組織された指導の下に企業の秩序を無視し、集団的に煽動的な言説や暴力的行動によつて職場の不安を譲成し、従業員の生産意欲の減退を図る等の行為に出で、企業の正常な運営に多大の脅威を与えている者があり、かかる被壊的行動に対し企業の秩序を維持防衛する為の苦慮は筆舌に尽し難いものがあつた。就中三池炭鉱は当時従業者数約二万六千名で被告の代表的な石炭鉱山であるが、同所においても終戦後逸早く日本共産党細胞が組織され、多数の同調者と共に職場の内外において活溌な党活動を行い、各種の行過行為があつたばかりでなく、屡々多数相寄つて企業の秩序を紊乱するような暴力事件を惹起し、業務の運営に重大な脅威を与えていて、右のような破壊活動が実際に企画、指導、実施された実例は三池炭鉱だけでも枚挙に遑がない程であつた。このような日本共産党及びその党員、同調者の行動について、企業の運営上現実に危険を感じていたのは独り被告のみではなく、当時日本の全産業の分野に亘つてすべての企業が多かれ少かれ感じていたところであるが、このことはマツカーサー司令官も累次に亘る書簡により指摘していたばかりでなく、当時の日本共産党が暴力主義的な方針によつて指導されていたことは党自身もこれを肯定していたところである。従つてかかる集団的な企業阻害の危険に対し必要な防衛措置を講ずることは当時に於ける社会の客観的な要請でもあつた。そこで被告も右のような客観的情勢と党組織の特殊性に鑑み、企業に対する破壊的行為を阻止し、その危険を排除して以て企業を破壊から防衛するため、事業の正常な運営を阻害する破壊的な共産主義者又はこれに準ずる者を整理しようと決意し、昭和二十五年十月被告の責任において本件人員整理を計画し、組合に対してもその協力を求めることとしたのである。かくて被告は同年十月十二日三鉱連に対し、共産主義者又はその同調者で煽動的言動を以て事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又はその惧れのある者を排除するため、整理基準及び解雇理由を提示して、同月十三日より十五日に至る三日間熱心に団体交渉を行つた結果、同日組合との間に協定が成立し、乙第一号証の協定書が作成された。右協定においては人員整理の人選につき特に慎重を期し、一人の過誤をも生ぜしめないため、特別の考慮を払い、山元において個々人につき組合との間に認定交渉を行うこととし、整理期間を設けると共に、特審制度を設けて事後において解雇に異議のある者につき救済の機会を与えた外、整理を可及的に円滑に行い、且つ整理者の立場を考慮して解雇通告後退職願を提出し、任意退職をするか否かを選択せしめ、退職願を提出した者には会社都合による解雇の場合の所定退職金の外特別加給金を支給することとした。そして右協定は三鉱労組においても同月十七日同組合の中央委員会に付議され、大衆討議の結果承認されるに至り、該協定に基く三池炭鉱における山元交渉は同月十九日より二十一日に亘つて行われた。右山元交渉の席上解雇基準の解釈について若干の論議はあつたが、山元における団体交渉の目的は解雇基準該当者の決定にあつたので、結局個別的認定の場で妥当な結論を得ることとし、宮浦、万田、四ツ山、三川、本所、建設、港務所、製作所の順序により当該者の認定交渉に入つた。右認定交渉の性質は規模を縮少した組合との団体交渉とし、認定交渉の終つた支部はこれによつて組合との協議が成立し、改めて交渉委員全員出席した団体交渉を開いて確認するようなことはしないとの性格を双方確認した上各鉱所支部毎に認定交渉を行つたところ、協定書に定める期間内に交渉を終了することができず、特に同月二十一日午前二時三十分頃まで期日を延長して協議した結果、被告の提示した整理人員数二百三十七名のうち組合において異議のあつた四十名を減員して百九十七名を整理基準該当者とすることに交渉が成立した。(この認定交渉の結果は同年十一月一日組合の中央委員会に附議され大衆討議の結果承認されるに至つたのである。)そこで被告は右該当者百九十七名に対し同年十月二十一日午前四時三十分頃から各鉱所毎に通告に着手したが、通告に当つては原則として責任者たる係員一名と担当世話係一名、金員護持要員一名計三名を一組とし、退職願の提出については各人の任意に任せ、いやしくも強制に亘るようなことをしないこと、特別加給金は退職願を提出した者にのみこれを支給することなどを厳重に指示し、右通告は各鉱所共概ね同日午前七時ないし八時頃までの間に殆んど何等の紛争もなく終了し、退職金の支給事務も同月二十四日頃までに無事完了した。右通告の結果第一ないし第三目録記載の者等の関係においてはうち第一目録記載の者が退職願を提出し、且つ退職金、解雇予告手当の外特別加給金を受領し、第二、第三目録記載の者が通告書どおり同月二十二日を以て解雇されるに至つたのである。

二、右に述べた本件解雇の動機、目的、経過によつて明らかなとおり

(一)  本件解雇は昭和二十五年十月十五日被告と三鉱連との間に、原告主張の協定の特例として新に締結された協定によつてなされたもので、両者は互に抵触矛盾するものではなく、本件解雇に協定違反の問題の生ずる余地はない。

(二)  本件解雇基準は単に共産主義者又はこれに準ずる者のみを対象としたのではなく、現実に業務の運営を阻害し、又はその惧れある者を解雇の対象としたものであつて、被解雇者の信条を理由に差別的取扱を意図したのではなく、又本件被解雇者等が解雇基準該当者であつたことは組合との認定交渉の経緯からして明らかであり、本件解雇が組合活動を理由としたのでないことは、不当労働行為に最も敏感な組合が何等問題として取上げなかつたことからしても特に多言を要しないところである。

三、右のとおり本件解雇には原告等主張のような無効理由はないのであるが、もともと原告等は原告等主張のような理由により本件解雇の無効を争い得ないのであつて、その根拠は次のとおりである。即ち被告のなした前記解雇通告の趣旨は被通知者が退職願を昭和二十五年十月二十四日午後四時までに提出しないときは同月二十二日(古沢清については二十三日)を以て雇傭契約を解除し、同月二十四日午後四時までに退職願を提出したときは同月二十二日(古沢清については二十三日)を以て雇傭契約を消滅させることについての合意解約の申入を兼ねたものである。右通告に対し

(一)  別紙第一目録記載の者は被告に対し期限までに退職願を提出して前記協定書に定められたとおり、通常の解雇予告手当及び退職金の外特別加給金(退職金等と略称する)を受領していて、被告の合意解約の申入に同意したのであるから、同人等との雇傭関係は右合意解約によつて終了している。従つて原告等が右目録記載の者に対して一方的解雇がなされたとなし、これを前提として解雇の無効を主張するのは筋違いの主張であつて理由がない。

(二)  第二目録記載の者は期限までに退職願を提出しなかつたので同月二十二日を以て解雇されるに至つた者であるが、同人等は解雇通知後被告会社が提供した解雇予告手当及び退職金(退職金と略称する)を何等の異議条件を留保することなく受領しているから、これによつて同人等は本件解雇に同意し、被告に対し退職の効力を争う権利を将来に向つて放棄する意思を表示したもの、即ち解雇を承認したものに外ならない。このことは同人等が、たとえ内心不満があつたにせよ解雇を争う具体的な措置に出でず、全員社宅を明渡して退去し、解雇後本訴提起に至るまで三年乃至五年の間何等の異議を申立てたことのない事実に徴しても容易に窺知できるところであつて、同人等としては最早本件解雇の無効を争い得ないものである。

(三)  第三目録記載の者については解雇後組合の名に於て福岡県地方労働委員会に救済申立がなされたが、昭和二十六年六月二十日同委員会鬼頭事務局長の仲介により被告との間に和解が成立し、将来本件につき紛争を起さないことを条件に、組合の手を経て夫々特別加給金相当額以上の金員を受領し、救済申立を取下げたのであるから、同人等が本件解雇の効力を争う余地は全くない。

四、以上の次第で被告と右第一ないし第三目録記載の者等間の雇傭契約は既に消滅して確定し、最早これを争う余地はないのに拘らず、原告等が解雇後三年ないし五年の長期を経過した今日、にわかに本訴を提起した意図は到底首肯できないところであつて、かかる権利の行使は法の保護を受けるに値しないのは勿論、特に継続的且つ流動性の顕著な雇傭関係において、長きに亘る権利不行使の結果、被告としては最早解雇の効力を争う権利は行使されないものと信ずるにつき正当の事由を有するに至つたのであるから、社会通念上からしても、原告等が本訴において解雇の効力を争うことは信義誠実の原則に反するものとして許容されないところである。

以上いずれにしても原告等の本訴請求は理由がないから失当として棄却すべきものである。

被告の答弁に対する原告等の主張に対し

原告等は退職願の提出、退職金の受領、和解に被告主張のような法律上の効力がないことについて縷々主張しているが、右原告等の主張はすべてこれを否認する。

(証拠関係)

当事者双方の提出援用した証拠並びに書証の認否等は別紙のとおりである。

理由

第一、当事者間に争のない事実

被告が原告等主張のような会社であること、第一ないし第三目録記載の者等がもと被告の従業員で、原告等主張の組合の組合員であつたこと、昭和二十四年十二月二日附の原告等主張のような協定が本件解雇基準設定当時存していたこと、昭和二十五年十月二十一日被告が第一ないし第三目録記載の者等に対し事業の正常な運営を阻害する共産主義者又はこれに準ずる行動ある者との理由で解雇する旨の通告をなしたこと、この結果第一目録記載の者が退職願を提出して退職金等を受領し、第二目録記載の者が被告の提供した所定の退職金を受領し、第三目録記載の者が被告主張の頃その主張のような経過で和解したことは当事者間に争がない。

第二、争点と判断

一、右解雇通告の基本となつた解雇基準の成立について。

成立に争のない乙第一号証と、証人加藤恭一の証言によつて真正に成立したと認めることのできる乙第八十号証の一ないし三、同第八十一号証の一ないし五、同第八十二号証の一ないし八、同第八十三号証の一ないし五及び同証人の証言、証人山本浅吾、同水町潔の各証言を綜合すると、昭和二十五年九月頃当時のG・H・Qの労働課長エーミスから当時被告の労務部長であつた山本浅吾に対し、破壊的な共産主義者並びに同調者の排除に関して話があつたこと、その当時の間までに被告の三池炭鉱においても徒らに減産運動を呼号し、破壊的な言動によつて企業の秩序を乱し、事業の正常な運営を阻害する事件が起り、これ等一連の業務阻害行為は日本共産党万田支部とか、日本共産党大牟田支部等が指導していて、このような業務阻害行為に対し被告としても脅威を感じていたことそこで被告は独自の立場で企業防衛の見地から右のような事業の正常な運営を阻害する者を解雇して企業の秩序を維持確立するための人員整理を決意し、組合の協力を求めるため三鉱連との間に交渉を重ねた結果同年十月十五日人員整理についての協定が成立したこと、その協定の内容として、(イ)解雇基準を事業の正常な運営を阻害する共産主義者又はこれに準ずる行動ある者とし、(ロ)山元組合との認定交渉を同月二十日までとする、(ハ)特審制度を設け組合が明確な反証ありと認めた場合は退職願提出猶予期限の翌日より特審にあたり、特審手続により非該当の決定がなされた者については原状に回復すると共にその間平均賃金全額を支給する、(ニ)退職給与として予告手当平均賃金三十日分及び従業員退職手当規程中会社都合解雇を適用した退職手当を支給する外、猶予期間に辞表を提出した者に対しては特別加給金平均賃金二ケ月分を支給する等の定めがなされたこと、右特審制度は解雇基準の適用に当つて誤りがあつた場合これを審査し、救済の機会を与えるために設けられたが、これについては組合も賛意を表していたことを認めることができ、以上の認定を左右するに足る証拠はない。

二、右解雇基準が協定に違背するとの原告等の二の(一)の主張について。

右基準設定当時昭和二十四年十二月二日附原告等主張のような協定が存していたことは前記のように当事者間に争のないところであるが、この協定とは別に当事者双方の交渉により特別な協定を設定することは何等差支えのないことで、右解雇基準は前認定のとおり、その時の必要性から被告と三鉱連との交渉の結果原告等主張の協定とは別に締結されたものであつて、互に抵触するものでないから、原告等の主張するような協定違反の問題の生ずる余地はない。

三、右解雇基準が憲法、労働基準法等に違反し無効であるとの原告等の二の(二)の主張について。

前記認定のとおり本件解雇基準はその設定目的が企業防衛の立場から破壊的な言動によつて業務の正常な運営を阻害する者を排除することに置かれていて、共産主義者だけを解雇の対象としているのではなく、事業の正常な運営を阻害する者である限り、一般者をも解雇の対象とするものであつて、単なる思想や信条のみによつて解雇するというのではないから、右解雇基準が憲法第十四条第一項、労働基準法第三条に違反し、民法第九十条によつて無効であるとの原告等の右主張は採用できない。

四、被告と第一ないし第三目録記載の者等との間の雇傭関係が被告主張のような事由により消滅するかどうか。

被告主張の合意解約、解雇の承認、和解が成立すれば、一応第一ないし第三目録記載の者等と被告との間の雇傭契約が消滅することになる。よつて、まず被告のこの点についての判断を示そう。

(一)  第一ないし第三目録記載の者等に対する解雇通告がなされるまでの経過について。

証人池田利治の証言により全部真正に成立したものと認めることのできる甲第八ないし第十五号証、証人加藤恭一の証言によつて真正に成立したものと認めることのできる乙第七十九号証の一、二及び証人水町潔、同服部義彦、同阿具根登の各証言を綜合すると、前記解雇基準に該当する者の認定交渉は各山元において実施することになつていたので、三池炭鉱においては昭和二十五年十月十九日から同月二十一日午前三時頃までの間被告と三鉱労組との間に交渉が行われたこと、右交渉の席上被告側からそれぞれ具体的事実の調査資料に基いて解雇基準該当者として総計二百三十七名を提示したが、うち四十名については組合側からの異議があり、交渉の結果右四十名を減じた百九十七名(第一ないし第三目録記載の者等も含む)となつたこと、右減員の内訳は宮浦鉱五名、万田鉱六名、四ツ山鉱六名、三川鉱七名、本所五名、建設四名、港務所二名、製作所五名であること、右交渉において該当基準の字句の解釈について被告と組合側との議論が分れたが、組合側も結局右百九十七名を解雇基準該当者として認めたこと、一方本件解雇に対する当時の炭労(日本炭鉱労働組合の略称)三鉱連、三鉱労組等組合側の態度はマ書簡に便乗してなされる不当解雇を極度に警戒し、共産党員たると否とを問わず、暴力によつて秩序を破壊し、又はこれを準備する行為の具体的事実に基くものである以上、解雇もやむを得ないが、単なる共産党員及びその同調者の追放には絶対反対の態度を堅持し、被告においてかような追放を行つた場合は、組織を挙げて反対闘争に立つことを言明し、機関紙等を通じて一般組合員にもその方針を周知させていたが、三鉱労組においては右の趣旨を当時の三池鉱業所長に申入れていることをそれぞれ認めることができる。被告は右認定交渉の結果に基いて第一ないし第三目録記載の者に対し解雇通告をなしたものである。

(二)  被告のなした右解雇通告の性質について。

成立に争のない甲第一号証によると、右解雇通告の書面には「貴殿を昭和二十五年十月二十二日附を以て解雇し、二十一日以降は事業場その他会社施設への立入を禁止する。尚依願解雇の取扱によられたい場合は退職願を十月二十四日午后四時までに提出になれば退職金につき特に会社都合扱いとし、更に平均賃金の六十日分を特別に加給する。二十一日の立入禁止に伴い、当日については平均賃金の六十パーセントを十月分賃金と同時に支給する」という趣旨の記載がなされている。右の文言からすると昭和二十五年十月二十二日附を以て解雇するという一方的解雇の意思表示をするが、同月二十四日午后四時迄に退職願の提出があつたときは会社都合扱いとし、特別加給金を支給するというのであつて、退職願の提出という事実によつて解雇の取扱につき退職願を提出しない者との間に差異を生ぜしめている。そうしてこのことに前記協定中特に辞表を提出した者に対し特別加給金を支給する旨定め、特審手続受理の時期も退職願提出期限後としていること及び成立に争のない甲第二号証の退職者注意事項に退職願を提出した者は自発的に退職した者であるという趣旨の記載がなされている点等を参酌すると右解雇通知には一方的解雇の意思表示の外に、退職願を提出することにより同月二十二日附を以て雇傭関係を消滅させるについての同意を求めるいわゆる合意解約の申入が同時になされていると解するのが相当である。従つて若し右通知書に対し解約申入を承諾して退職願が提出されると雇傭関係は合意解約により同月二十二日を以て終了することとなるが、この場合同日以降退職願が提出されたときは既に発生した一方的解雇の意思表示は退職願の提出という条件の成就により遡つてその効力を失うと共に、合意解約の効果が同日に遡及して発生し、他方退職願を提出しない者については条件の不成就により同月二十二日附解雇の効力がそのまま存続することとなる。原告等は右解雇通知には合意解約の申入が含まれていて、退職願の提出により合意解約が成立するものとすれば、同月二十二日以降二十四日までの間に合意解約が成立した者に対する休業手当の支給について当然何等かの措置をしなければならないのに、この点について何等の断りもしていないから右解雇通知には解約の申入は含まれていない旨論じているが、右通知書による解約申入はさきに述べたように退職願の提出によつて同月二十二日発生した解雇の効力を遡つて消滅せしめ、合意により同日以降雇傭関係を終了せしめるものであつて、第三者の権利を害しない以上、当事者双方の合意により条件成就の効果をその成就以前に遡らせ、又契約の効力発生時期をその成立前に遡及させることは何等差支えのないことであるから(本件においては第三者の利益を害すると認むべき証拠はない)二十二日以降退職願を提出した者も雇傭関係は同日を以て終了することとなり、右通知書に原告等主張のような点につき別段の断りをしていないのは当然のことである。(なお被告は第一目録記載の古沢清に対する解雇の効力発生時期は昭和二十五年十月二十三日であると主張し、このことは原告等において明にこれを争わず、弁論の全趣旨から争つていると認められないから同人に対する解雇の効力発生時期は被告の主張する同月二十三日というべきである。)

(三)  第一目録記載の者が退職願を提出して退職金等を受領したこと、第二目録記載の者が被告の提出した退職金を受領したこと及び第三目録記載の者が和解をしたこと(以上の事実が当事者間に争のないことは既に記載した)の法律上の効果について。

解雇という労使間の雇傭関係をすべて消滅させる重要な法律行為について、右のような事実に基き当事者の意思を解釈し、果して被告の主張するような法律上の効果を有するか否かを決定するに当つては、単なる外形事実のみをとらえて判断することは不可であつて、その当時の事情は勿論その前後の事情等諸般の事情を斟酌しなければならないことはいうまでもない。

ところで本件解雇がなされるに至る迄の経過並びにこれに対する組合側の態度等については既に認定したところであるが、更に証人阿具根登の証言によると、本件解雇通知がなされた後、被解雇者のうち四、五十名の者が三鉱労組の本部を訪れ主として副組合長その他の組合の幹部に対して解雇についての不満を洩らし、組合の意向をただしにきたが、組合としてはこれを取上げなかつたこと、被告と同組合との前記認定交渉の結果は解雇通告後同組合の中央委員会に報告協議された上、承認されたこと及び解雇に対して前記特審手続の申立をした者は第三目録記載の二名のみであつたことを認めることができ、他方第一ないし第三目録記載の者等の当時の情勢判断として、本件解雇に対する社会情勢並びに労働情勢は必ずしも同人等に有利でなく、所属組合たる三鉱労組からも見離され、当時その支援が得られない状態であり、解雇反対闘争が非常に困難であるとしていたことは原告等の自認するところである。而して第三目録記載の二名を除く第一、第二目録記載の者等が解雇通告後労働委員会等に対して救済申立をしていないこと及び第一ないし第三目録記載の者等が本訴提起までの間に裁判所に対し本件解雇を不当として訴訟の手段をとつていないことは弁論の全趣旨に徴し明白である。

そこで右の諸事情を斟酌しながら前記冒頭の各事実に対する法律上の効果の有無について以下順次判断しよう。

(1) 第一目録記載の者について。

右の者等は前記のとおり被告が退職願を提出した場合にのみ支給することを明記してなした解雇通知に対し、退職願を提出して退職金の外特別加給金を受領しているばかりでなく、証人水町潔、同山田利満、同荒木亮介、同井形仙一郎、同大藪角平(第一回)、同伊地知正雄の各証言に、右水町証人の証言により真正に成立したものと認め得る乙第二十一号証の一、同第二十九号証の一、同第三十七号証の一、同第七十号証の一、成立に争のない乙第六ないし第八号証の各一、同第十号証の一、同第十二ないし第十六号証の各一、同第十八ないし第二十二号証の各一、同第二十四ないし第三十一号証の各一、同第三十三ないし第三十八号証の各一、同第六十二、第六十三号証の各一、同第六十七ないし第七十一号証の各一、同第七十九号証の一、同第九十九ないし第百一号証の各一、同第百三、第百四号証の各一、同第百八号証の一、同第百十一、第百十二号証の各一、同第百十四号証の一、同第百十七号証の一、同第百十九ないし第百二十一号証の各一、同第百二十三ないし第百二十六号証の各一、同第百二十八ないし第百三十二号証の各一、同第百三十四ないし第百三十六号証の各一を綜合すると同人等は退職願を提出して退職金等を受領する際何等の異議を述べていないことを認めることができる。そうしてこのことにさきに認定した解雇当時の諸事情や、本訴提起まで解雇を不当とする救済手段がとられた事跡のないこと等を綜合すると、第一目録記載の者は被告からなされた解雇通知の趣旨を了解し、一旦は解雇に不満を抱いた者も、当時の情勢下においては結局解雇に応ずることもやむを得ないと考え、退職願を提出すると否との利害得失等諸般の事情を考慮した上、被告の解約申入を承諾して退職願を提出したものと認定するのを相当とする。よつてこれ等の者については退職願の提出により前記(二)で述べた被告の合意解約の申入に対する合意が成立し、右合意解約により被告と同人等間の雇傭契約は昭和二十五年十月二十二日附(古沢清については同月二十三日)を以て消滅するものといわねばならない。

(2) 第二目録記載の者について。

右の者等は期限迄に退職願を提出しなかつたため同月二十二日附を以て解雇されるに至つたものであるが、所定の退職金はこれを受領している。而して一般に解雇の場合、退職金を受領したことを以て直ちに解雇を承認したと即断すべきでないことはさきに述べたとおりであるが、他方退職金は雇傭関係を終了させることを前提として支給される性質のものであるから、被解雇者が異議なく退職金を受領し、諸般の事情から被解雇者において解雇を承認し、解雇についての争をやめる意思を表明したと認められる場合には、右承認により解雇による法律関係は確定し、爾後解雇の効力を争い、雇傭関係の存続を主張することは許されないものと解するを相当とする。此の点につき解雇の承認という法概念は認められないという被告の答弁に対する原告等の再抗弁(二)の(1)の見解は採用できない。

そこで果して第二目録記載の者が右のような解雇の承認をしたか否かについて審究してみるに、成立に争のない乙第二号証の一ないし三、同第五号証の一ないし三、同第九号証の一ないし三、同第十一号証の一ないし三、同第十七号証、同第二十三号証の一ないし三、同第三十二号証の一ないし三、同第四十五号証、同第五十号証、同第六十号証、同第六十四、第六十五号証の各一ないし四、同第七十二号証の一、二、同第七十三、第七十四号証の各一ないし三、同第百二号証の一ないし三、同第百九号証、同第百十号証、同第百十五、第百十六号証の各一ないし三、同第百十八号証、同第百二十七号証、同第百三十三号証及び前記証人水町潔、同伊知地正雄、証人松本武雄、同鬼沢正の各証言を綜合すると、第二目録記載の者のうち次の十三名を除く爾余の十名は解雇通知書の交付日である昭和二十五年十月二十一日以降退職金が供託された同月三十日迄の間に直接退職金を受領し、次の十三名に対しては同日退職金が福岡法務局大牟田出張所に供託されたため、渡辺勇、野口英雄は同年十一月十日、野中三郎、枦元正二は同月十三日、才田典は同月二十日、主計ハル子は同年十二月二十五日、成清悟、高椋彌一は昭和二十六年五月十五日、平田謙一は同月二十二日、大野英は同年六月二十五日、田中清見は昭和二十五年十一月四日、武田数矩は同月頃、中川豊志は昭和二十七年十二月三日夫々被告より供託書を受領し、その頃供託金を受取つているのであるが、いずれも退職金の受領又は供託書受領の際別段の異議を留めていないこと及び野口英雄と才田典は昭和二十六年八月二十日大牟田簡易裁判所において被告の申立てた社宅明渡の調停に応じ明渡の調停が成立していることを認めることができる。

一体解雇を不当としてこれを争う場合においては、通常解雇後直ちに異議申立その他の救済手段が採られるのが普通である。殊に本件のように解雇について特審制度が設けられているような場合は猶更のことであつて、現に第三目録記載の者は右特審手続の申立をしている。然るに第二目録記載の者は右特審の申立はもとより、地労委への救済申立もしていないし、解雇後約三年ないし五年を経過した本訴提起までに訴訟による救済手段をも講じていない。若し原告等の主張するように当時の情勢が解雇を争うのに不利であつたから救済手段をとらなかつたとすればとりも直さず、解雇に対する反対闘争を断念し、その効力を争うことをやめたものといわざるを得ない。そうして本件解雇に対する当時の社会、労働情勢が必ずしも被解雇者に対し有利でなく、同人等も右のような情勢判断をしていたことはさきに認定したとおりであつて、以上諸般の事情を綜合すると、結局第二目録記載の者等は一部には一時解雇に不満のあつた者がいたにせよ、いずれも解雇当時からその後退職金を受領する迄の間に、本件解雇に反対することの困難であることを察知し、解雇の効力を争うことをあきらめ、何等の異議を留めず、退職金を受領することにより、夫々被告に対し解雇を認めてその効力を争うことをやめる意思を暗黙の裡に表明したものと解せざるを得ない。従つて第二目録記載の者については、右解雇の承認により昭和二十五年十月二十二日附の解雇の効力が確定し、爾後同人等が被告の従業員でないことも確定されてもはや従前の雇傭関係の存続を主張することは許されないこととなる。

(3) 第三目録記載の二名について。

成立に争のない乙第三号証の一と前記証人水町潔の証言により真正に成立したものと認められる乙第七十五、第七十六号証、同第七十七号証の一ないし三、及び同証人並びに証人鬼頭鎮雄の証言によると、右両名は和解の際爾後本件解雇について組合(三鉱労組)及び被告に対して如何なる名義を以ても紛議を醸さない事を契約する旨の書面を差入れ、被告から同組合の組合長の手を通じて山本勇太郎に対しては金六万五千円、河野九十男に対しては金四万五千円が退職金の外別途支給され、和解について何等の異議がなかつたことが明らかであつて、同人等が右和解により本件解雇について一切の争をやめる趣旨で和解を成立させたことはこれを疑う一点の余地もない。従つて同人等については右和解により解雇の効力が確定し、同人等が被告の従業員でないことも確定するに至るものである。

右(1)、(2)、(3)の各認定につき、原告等は第一目録記載の者等が退職願を提出し、第二目録記載の者等が退職金を受領し、第三目録記載の者が和解をしたのは、いづれも解約の申入を承諾したり、解雇を承認したり、解雇の効力を争うことをやめる趣旨で和解したのではなく、本件解雇の無効を信じ、その効力を争うための生活資金ないし闘争資金を獲得するための手段として提出したとか、第一目録記載の者等は退職願提出の際解雇に同意する趣旨でないことを言明し、特に万田鉱関係の二十七名は退職願の欄外にその旨明記して提出し、第二目録記載の者は退職願の提出を拒否して解雇反対闘争を続け退職金や供託書を受領する際も右の旨を被告に言明している旨主張し、証人塚元敦義、同水元盛広、同河野九十男、同北島元治、同渡辺勇、同枦元正二(証人河野九十男から同枦元正二まではいづれも第一、二回)、同宮前信太郎、同中山漁太郎、同伊藤道子、同野中三郎(第一、二回)、同尾池富士夫、同中島博信、同古閑光人、同陣内房雄、同戸上正、同井上辰与、同主計ハル子、同大石義忠、同成清悟、同中川豊志、同野口秀雄、同才田典、同森田訓吉、同龜崎豊、同尚秀治、同平田謙一、同竹下清二、同宮川睦男、同瀬戸定、同越智正輝、同中村博文、同森田収蔵、同上甲米太郎、同河口吏人、同入江保、同川口博、同中島知英、同山崎俊助の各証言及び原告山本勇太郎(第一、二回)、同清田唯雄、同坂下武好、同中村博文、同小柳茂、同松本武雄各本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、右各証言及び供述部分は前記認定に供した証拠に照して到底信用することができないし、更に右各証言及び本人訊問の結果中前各認定に抵触する部分も同様にわかに措信できず、その他原告等の全証拠によつても叙上四の各認定を覆えすことができない。

五、本件解雇が解雇基準に該当しない者に対してなされ(原告等主張の二の(三))熱心な組合活動家を対象とし(原告等主張の二の(四))また正当な理由に基かない解雇権の濫用である(原告等主張の二の(五))との主張について。

原告等の右主張はいずれも一方的解雇を前提とする主張であつて、直接前記認定の合意解約、解雇の承認及び和解の効力自体の問題ではないばかりでなく、本件においては既に認定した本件解雇基準設定当時並びにその実施後における三鉱労組の態度、認定交渉の経過、証人渡辺勇(第一回)、同河野九十男(第二回)の各証言(但し前記措信しない部分を除く)によつて認められる第三目録記載の二名を除いた被解雇者については、当時組合において特審手続を取上げてくれなかつたことからして、同組合としても右二名を除くその他の被解雇者については特審手続の見込がないと判断していたものと考えられること、更に第一、第二各目録記載の者等は前記認定のように事業の正常な運営を阻害する共産主義者又はこれに準ずる行動ある者という理由でなされた本件解約申入を承諾し、解雇を承認していること等の事実に徴すると、本件では少くとも右二名を除いた第一、第二目録記載の者等は一応解雇基準に該当していたものと推認でき、原告等の提出援用する全証拠をもつてしても未だ右推認を左右できない。又本件解雇通告が単に熱心な組合活動家だけを対象としてなされたと認め得ないことは後段認定のとおりであり、本件解雇が権利の濫用に亘るとも認むべき証拠もない。よつて原告等の右各主張はいずれも理由がない。

六、前記合意解約、解雇の承認及び和解が無効であるとの原告等の主張について。

(一)  右各行為がいずれも意思の自由を拘束されてなされたもので無効であるとの原告等の(一)の(3)、(二)の(3)、(三)の各主張についてこの点については原告等の提出する全証拠によつて右の主張事実を確認することができない。かえつて既に認定したとおり第一ないし第三目録記載の者等はいずれもその当時の客観的情勢等諸般の事情を考慮した結果自由な判断に基いて、右承諾、承認及び和解をしたものである。

(二)  右承諾、承認及び和解が非真意表示で民法第九十三条により無効であるとの(一)の(4)、(二)の(3)、(三)の各主張について。

右の各行為がいずれも真意に基いてなされたと認むべきことは既に認定したとおりであるからこれ等の意思表示が真意に基かないことを前提とする原告等の右主張はこれを採用する余地はない。尤も第一ないし第三目録記載の者のうちには解雇に不満の意を抱いていた者が皆無でなかつたことはこれまで述べたところによつてもこれを否定できない。がしかしそのような不満の意が単に不満の意として止まつている限り表示された効果意思の効力に影響を及ぼすものではないし、仮に前記承諾、承認及び和解が真意に基かなかつたとしても、被告においてその真意でなかつたことを知り又知り得べかりし場合であつたという点について、当裁判所の措信しない前記証拠を除きこれを認めるに足る証拠はない。むしろ本件に於て被告は右承諾、承認、和解がいずれもその真意に基くものであることを確信し、同人等との雇傭関係は既に終了して確定したものとしていたもので、それに基き今日までの長期間確定された法秩序を覆すことは許されない。なお第一ないし第三目録記載の者等が現在強い復職の希望をもつていることは本件弁論の経過から十分察せられるが、このことだけで既になされた前記承諾、承認及び和解を原告等主張のような理由で無効と解することもできぬ。更にこの点に関連して原告等は被告の答弁に対する(一)の(2)の主張のなかで、労使関係においては表示された意思よりも専ら内心の意思に基いて判断すべきだと主張しているが、右主張が労使間の法律行為については民法第九十三条但書の適用がないとの主張だとすれば、相手方である使用者を欺いてもよいという結果を是認することとなりかような見解を採用できぬことは多言を要すまい。

(三)  原告等の本件承諾、承認、和解はいずれもその目的内容が強行法規に違反する不法な意図を実現させる行為であつて公序良俗に反するから無効であるとの被告の答弁に対する原告等の(四)の主張について。

本件解雇基準設定の目的が企業防衛の見地から事業の正常な運営を阻害する行為のある者を整理するにあつて、単なる共産主義者の排除を目的としたものでないことは既に認定したところであり、このような目的でなされた解雇通告を、熱心な組合活動家だけを対象としてなされたと認めるに足る証拠もない。尤も第一ないし第三目録記載の者の中には現実に共産主義者であつたもの又は組合活動に従事し、或はその経歴を有する者のいることは原告等提出の証拠上認められるが、他方そうでない者のいることも又認め得るところで、さきに認定した本件解雇基準設定の目的とも考え合せてみると、たまたま解雇通告の相手方に右前者のような者がいたことを以て本件解雇通知による解約申入及び解雇の目的が共産主義者又は活溌な組合活動家ないしその経歴を有する者をただそれだけの理由で排除するにあつたと断定することはできない。なお本件解雇当時の情勢が多少第一ないし第三目録記載の者等に対し不利であつたとはいえ、同人等は客観的情勢に基き諸般の事情を考慮して夫々承諾、承認、和解をしたものであることは既に繰返し述べたところであつて、被告が故ら同人等を窮地に陥れ、これに乗じて右の各行為をなさしめたと認むべき証拠もないから、これ等の行為を目して公序良俗に反するものとなすべき理由はない。従つて原告等の右主張は採用できない。

七、第一目録記載の者の承諾が詐欺強迫によるものであるから本訴においてこれを取消す旨の原告等の(五)の主張について。

証人北島元治(第一回)、同枦元正二(第一回)、同伊藤道子、同中島博信の各証言中右主張に沿う部分があるが、右証言部分は前記証人水町潔、同荒木亮介、同伊地知正雄の各証言によつて真実と認めることができないし、その他の立証によつても、右承諾が欺罔手段や強迫によつてなされたと認めることができないから右主張もこれを採用するに由がない。

第三、結論

以上これを要するに第一目録記載の者については被告との合意解約により有効に雇傭契約が解除され、既に雇傭関係が終了している現在同人等が被告の従業員でないことは明らかであり、第二目録記載の者については解雇の承認、第三目録記載の者については和解により夫々本件解雇の効力が確定するに至り、同人等が被告の従業員でないことも確定し、もはやこれを争うことができなくなつたものというべきであるから、結局原告等が第一ないし第三目録記載の者につき今猶被告との雇傭契約が存続していることを主張するため、本件解雇の無効確認を求める本訴請求はいずれも失当であつてその理由がないものといわねばならない。よつて原告等の各本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鍛冶四郎)

(別紙省略)

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